いつものように朝の歯磨きをしていた、ありふれた朝のことでした。何気なく鏡に映る自分の顔を眺めていた私は、舌の先端近くに、直径二ミリほどの真っ黒な点があることに気づき、思わず動きを止めました。昨日の夜、寝る前には確かになかったはずです。それはまるで、黒いインクをポツンと落としたかのように鮮明で、私の心臓を冷たく鷲掴みにするような不気味さを放っていました。痛みも違和感も全くありません。それがかえって恐怖を増幅させました。すぐに頭をよぎったのは、インターネットで見たことのある「がん」という二文字でした。スマートフォンを手に取り、震える指で「舌、黒い点、急に」と検索すると、画面には安心させる情報と同時に、最悪の可能性を示唆する病名が並びます。見れば見るほど、不安は雪だるま式に膨れ上がっていくばかり。その日は一日中、仕事が手につきませんでした。食事の味もよく分からず、同僚との会話中も、自分の舌のことが気になって仕方がありません。誰かに相談したくても、こんなデリケートな問題をどう切り出せばいいのか分からず、一人で悶々と悩むしかありませんでした。数日が経ち、恐る恐る鏡で確認する毎日。すると、あれほど真っ黒だった点が、少しずつ色が薄れ、紫色っぽくなっていることに気づきました。さらに数日後には茶色っぽく、そして一週間が過ぎる頃には、跡形もなく消えていたのです。おそらく、前の日に食べたナッツか何かで、気づかないうちに舌を傷つけてできた小さな血豆だったのでしょう。あの時の、底知れない恐怖と、それが消えた時の心からの安堵感。健康であることのありがたみを、舌の上の小さな一点から痛感させられた、忘れられない出来事となりました。